第3章 乳児死亡

第3章 乳児死亡

 1900年代は乳児死亡率が徐々に低下していた。これには多くの要因があるが、おもなものは医療の進歩、予防接種、居住環境の改善などである。どの国も乳児死亡率の改善のために細かな配慮がなされ、効果的な保健政策の証(あかし)として死亡率の低下を誇らかに公表している。したがって、たくさんの国々が乳児死亡率の正確なデ-タを数十年分も保有している。

 大気圏核実験がおこなわれていた頃から、乳児死亡率が放射線活性に左右されることが知られている。したがって、乳児死亡率がチェリノブイリの近辺のみならずもっと遠く-ヨ-ロッパ-でも高くなったという多くの研究があっても、驚くに当たらない。このことはいくつかの雑誌で報告されているが、教科書ではいまだ掲載はない。

3.1 チェリノブイリ地域

原子炉事故の翌年1987年、ウクライナとベラル-シのチェリノブイリ周辺地域で死産や周産期死亡が増加した。アルフレ-ト・ケルブラインはこれがセシウムに被ばくしたことと関連性があるだろうと考えた。1989年以降ベラル-シとウクライナでは周産期死亡率が再び増加している。この二つ目の増加は、妊婦がストロンチウムに被ばくしたことと関連性があると思われる54)。

ウクライナではセシウムよりもストロンチウムの影響が大きい。ウクライナの3つの地域(ジト-ムィル、キエフ郊外、キエフ市)だけで、周産期死亡の実際数は通常の予想数より増えていた。1987年はおもにセシウムで予想よりも151人多い新生児が死亡し、1988年から1991年はストロンチウムにより712人の新生児が過剰に死亡した。すなわち、チェリノブイリ事故のあとにセシウムとストロンチウムの影響で計863人の過剰な周産期死亡があったということである55)。別の研究によれば、チェリノブイリ原子炉に近い2つの高濃度汚染地域で、周産期死亡やその他の不遇な出産が増えたと報告されている56)。

1987年ベラル-シの高濃度汚染ホメリ(ゴメリ)地域では他の地域よりも周産期死亡が増加していた(ただし有意差はない)57)。しかしA・ケルブラインは1990年代前半にホメリ地域ではベラル-シの農村地帯よりも周産期死亡率が30%高かったことに注目した。これは思春期に多くのストロンチウムを吸収したことによる遅発影響かもしれないと考えた。1987年から1998年にホメリ地域で死亡した子どもの数は、対照地域のデ-タをもとに算出した予測数よりも431人多かった58)。

放射性セシウムの影響があったのはおもに1987年までだが、ストロンチウムの影響は1998年の調査期間の終わりまで続いていた。1988年以後の新生児過剰死亡率は1987年の10倍以上である。ベラル-シ政府の推定線量値はストロンチウムがセシウムのたった約5%しかない。しかし、ケルブラインの計算では現在の推定線量値と少なくとも2桁も違っている。この相違を説明できるとすれば、現在容認されている線量係数がストロンチウムの影響を非常に過小評価しているということである。ケルブラインによるこれらのデ-タは、1950年代と1960年代の大気圏核実験後にドイツでみられた周産期死亡の増加とも一致する。

3.2 ドイツ

1896年のベルリンでは、1985年と比べて乳児死亡率が1,000人当たり10.6人から12.5人へと増加した。非ドイツ系の乳児ではその死亡率はさらに増え、1,000人あたり9.6人から14.3人となった。生後1週以内の死亡を除いたとしても、乳児死亡率は26%増加した。なお、それ以前には乳児死亡率は年々減少していた59)。

ブレ-メンの物理学教授イェンス・シェ-ア-のもとで仕事をしていたM.シュミットと H.ツィッゲル、G.リュ-ニンの3名は、生後1週間の新生児死亡率を1975年から事故翌年の1987年まで調査した60)。この新生児死亡率は1986年春まではドイツ連邦共和国(西ドイツ)全体で減少していたのに、チェリノブイリの事故後に変化が起こり始めた。西ドイツの南部、バイエルン州とバ-デン・ヴュルテンベルク州では放射線汚染度がもっとも高く、汚染の少なかった北部に比べて新生児死亡の報告がとても多かった。しかし、その差異には大気圏核実験の放射性降下物による乳児死亡率の既存の変化が考慮されていなかった。(訳注:核実験のために乳児死亡率が増えていたところに、さらにチェルノブイリ事故でもっと増えた。この核実験によるもともとの増加分が入っていないという意味と思われる)

アルフレ-ト・ケルブライン61)とヘルム-ト・キュッヘンホフは1997年発表の論文で、チェリノブイリ事故のあと西ドイツ全体で周産期死亡率が有意に増加したと報告した。月々の死亡率を分析したところ、妊婦が放射性セシウムに被ばくしたあとの7ヶ月間は周産期死亡率がもっとも高くなったことが判明した62)。著者らはこの原因として、汚染された餌を食べた畜産動物の肉が1986年~1987年の冬の市場で販売されたことと関係があると考えた。

ノイヘルベルグの環境健康GSF研究センタ-のハ-ゲン・シェルブとエヴリ-ヌ・ヴァイゲルトは、1987年の西ドイツの周産期死亡が他の年と比べ5%有意に高くなっていることに気づいた63)。これは予想より300例多いということである。著者らは、他の欧州の死産統計から推測すると、この数字はこれでも少なすぎるかもしれないと考えている。

チェリノブイリ事故以来、南部ドイツでも周産期死亡が増加している。1991年ミュンヘン環境研究所は、周産期死亡率が事故の影響を受けたのか、西ドイツの高濃度汚染地域とそうでない地域で調査研究を行なった。その報告によれば、汚染度の高い南部ドイツでは早期新生児死亡率が1986年の初夏と1986年/1987年の冬の2度にわたって高くなっていた64)。

ケルブラインは、事故の影響で自然流産が増加したのかをみるため、出生率の推移を調べた65)。バイエルンの南部と北部で出生率が異なっていることを発見した。高濃度に汚染された南部では北部に比べ、1987年2月の出生率が通常値に比し11%低下していた(p=0.0043、有意差あり)。その減少した出生数は615件であった。北部でも4%の低下がみられたが通常値と有意差はなかった(p=0.184)。

3.3その他の国々

ヨーロッパ諸国のCs137による汚染地図

ヨーロッパ諸国のCs137による汚染地図


ケルブラインはウクライナのジト-ムィル地域で月ごとのデ-タを調査したところ、ポ-ランドと同様、1987年の始めに周産期死亡数が有意に増加していた66)。

シェルブとヴァイゲルトも、チェルノブイリの放射性降下物によって高濃度に汚染された周辺の国々および地域の死産率を調査した67)。 彼らの分析によるとバイエルン州、東ドイツ、西ベルリン、デンマ-ク、アイスランド、ラトビア、ノルウェ-、ポ-ランド、スウェ-デン、ハンガリ-のデ-タを集約したところ、周産期死亡率は以下の如くであった。1981年~1985年の死亡率のトレンド(推移)との比較では、1986年には4.6%(p=0.0022)増加し、1987年~1992年には8.8%(p=0.33E-6)(訳注: p=0.33×10‐6をドイツ表記するとこうなる。したがって、p=0.00000033)と非常に有意な増加がみられた。このモデルによると1986年~1992年の7年間に約3200例の過剰死産(±1,300=2δ)があったということになる。まとめると、これらの国々ではこの時期に1年間に平均約460例の余分な死産があったということになる68-72)。

フィンランドはスカンジナビアの中でチェルノブイリ事故によってもっともひどく汚染された国である。フィンランドの調査ではセシウム137がもっとも高濃度に汚染された地域では、事故後の最初の4ヶ月間に妊娠したケ-スで早産が明らかに増加していた73)。

シェルブとヴァイゲルトは、アウヴィネンらが2001年2月に発表した統計をもとに、フィンランドでの死産数を調査した74)。この統計は、1977年から1992年までの調査デ-タで、一貫性があり利用するのに有益なものであった。1977年からの死産の傾向を分析したところ、1987年に非常に大きな変換点があることがわかった(訳注:異常に増加していた、という意味である)。これは、フィンランドの死産数はスウェ-デンの約2倍、そしてハンガリ-の約2/3であったということである。

1976年から2006年にスウェ-デン、フィンランド、ノルウェ-の乳児死亡率を調査したところ、チェルノブイリ事故前の推移に比べ事故後に15.8%有意に増加した。アルフレ-ト・ケルブライン は1987年から1992年の間に1209人(95%信頼度:875人-1556人)75)の乳児が余分に死亡(過剰死亡)したと計算した。


追記:流産と妊娠中絶

チェルノブイリ事故以来、流産と妊娠中絶は多くは黙って見過ごされた。しかしながらいくつかの不安な徴候があった:

・ 1986年にポ-ランドでは正常出産がそれ以前の数年間に比べ、かなり少なかった76)77)。
・ 1987年にトリチョポウロスはチェルノブイリ事故後の妊娠中絶について報告した。彼はギリシャでは1986年5月、妊娠早期に23%が中絶したと推測した。全体として約2500人の待望の妊娠がチェルノブイリ事故のために中絶に至った78)。
・ ケッチャム資料はIAEA国際原子力機関のデ-タを引用して作られたが、それによると チェルノブイリ大惨事のため西ヨ-ロッパでは10万から20万の過剰な(通常よりも多い)中絶が行われたとされる79)。
・ チェルノブイリ地域では医師や女性たちによって多くの妊娠が堕胎の適応と判断され、事故に引き続いて数日から数週間は組織的に実施された。誰もこのことについては語りたがらず、私たちはこれらの堕胎について正確なデ-タを知ることはできない。

モ-ル博士はICRP放射線防護委員会とNRPB英国放射線防護局の長年のメンバ-であるが、チェルノブイリ事故以前に次のようなこと述べている。『もっとも考慮すべきこと、それは、一般な価値判断では胎児の早期妊娠中絶は個人的にも社会的にもほとんど重要性を持たないということである』 80)。 私たちの立場はモ-ル博士の考えとは相いれない。私たちにとって、胎児がぞっとするほど多く中絶されたこと、これも一つのチェルノブイリの犠牲とみなされるからである。

動物実験で放射線が突然変異を誘発することが発見され、それ以来ヒトにおいても放射線の遺伝的影響は繰り返し考察され、研究された。それでもなおICRP(国際放射線防護委員会)の意見は催奇形性障害(死産、乳児死亡、重症奇形)が100mSVより少ない被ばく量では起こらないというものである。1986年から1987年のドイツでは被ばく量はわずか0.2mSVであるので、ICRPによれば催奇形性障害は増加しないはずである。一方 ドイツを含むヨ-ロッパ、チェルノブイリ地域3カ国では多くの調査がなされ、これらの科学者たちの見込みに反し、催奇形性障害が確実に増加した。

ケルブライン(2011)は 食物連鎖や土壌のセシウム汚染ストロンチウム汚染(影響が遅れて出る)、これらと周産期死亡の増加には明らかな容量/効果の関係があること(訳注:汚染度に比例して被害が増えるということ)を証明した81)。

さらにシェルブらは最近の研究(2010年)で、チェルノブイリ事故後に次のような遺伝的障害が発生していることを明らかにした。彼らは性差、言い換えると生まれた女児と男児の比率およびチェルノブイリ原子炉事故のため“生まれなかった出産”を調査した。彼らの予想どおり、生まれた子どもたちは予想よりも約80万人も少ないがことがわかった。同様の現象が、スイスとドイツの31の核施設の近くでも起き、40年間に生まれた子どもたちは予想よりも15,000人少なかった。その中でも、特に、女児が少なかった82)。

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第4章 遺伝的および催奇的障害(奇形)

 遺伝的な被害をモニタ-する場合、大きな妨げとなるものがある。それは遺伝的異常が目に見えるようになるのに、いくつかの世代を経なければならないということである。遺伝学の黎明期に得られた基本的な知識は、ハエの研究からのものであるのはここに理由がある。なぜなら、ハエは一生が短いため実験室で短期間に数世代を調べることができるからである。したがって、チェルノブイリ大惨事による人への遺伝的障害については、私たちの研究はまだ端緒についたばかりである。

 ロシア科学アカデミ-の総合遺伝学バビロフ研究所は、大惨事でどれほど遺伝的障害が発生するのか、その予想数を発表している83);1988年からのUNSCEAR(放射線の影響に関する国連科学委員会)レポ-ト84) によれば、北半球のすべての汚染された国々の集団線量は総計600,000人SV(訳注:下記参照) と推定され、この40%、つまり240,000人SVは旧ソ連に降り注いだ。出産年齢の人々は人口のおよそ40%である。したがって、集団線量のおよそ40%は将来世代に悪影響を及ぼすことになる。それは汚染された国々全体では240,000人SV(訳注:600,000人SV×40%)であり、またチェルノブイリ地域(旧ソ連)に限ると96,000人SV(訳注:240,000人SV×40%)になるだろう。
(訳注:人SVとは人数×被ばく線量〈シ-ベルト〉のことで、ある集団での放射線健康被害の発生数を推計するための統計手法のひとつで ある。たとえば、3万人の集団が被ばくしたとする。その線量は2万人が1ミリシ-ベルト、1万人が2ミリシ-ベルトであったとすると、集団線量は2万人×1mSV+1万人×2mSV=4万人mSVということになる。1件のがん過剰死を生みだす線量が仮に100ミリシ-ベルトだとすると、4万人mSV÷100mSV=400人、すなわち、がん死が400人増えるということになる。集団の全員が同量の放射線を浴びる必要はない。遺伝子被害についてはまた別に計算された線量が用いられる。なお、以上の数値に関しては理解を容易にするために用いたもので、実際とは異なることをお断りしておく)

 この基本デ-タをもとに、事故よる遺伝的被害がどこまで拡大するのか推測することができる。多因子的遺伝病もリスク評価の対象に入れた場合、旧ソ連の汚染された国々では、第一世代の遺伝的被害は1,200人~8,300人と予測される(訳注:この数字を算出するには遺伝的被害を発生させる線量はどれほどなのかを知る必要がある。元論文に記載があるはずだが、入手できず詳細は不明)。今後予期される遺伝的被害の約10%が第一世代に生ずる-すなわち、これらの国々でその後の世代も含めるとこの10倍の12,000人~83,000人の遺伝的被害が生ずるという計算になる。北半球の汚染された国々全体では、第一世代では合計で3,300人~23,000人(訳注:おそらく原文の数字は誤植で、3,000人~20,750人が正しい。これは〈1200人~8300人〉×100/40で求められる)になり、数世代の長期でみると10倍の30,000人~207,500人になるだろう。

 驚くべきことだが、このUNSCEARの見積もりではヨ-ロッパでの集団線量がチェルノブイリ地域のそれより高く出ており、必然的にヨ-ロッパでの遺伝的被害者の数は、チェルノブイリ地域のそれよりも高くなると推定される。この理由は主として人口密度がヨ-ロッパではチェルノブイリ地域よりもとても高いことにある。
UNSCEAR自身も同様の計算を行い、次のように述べている。ヨ-ロッパで318,000人SVの集団線量があり、上に挙げられた条件下ではヨ-ロッパの第一世代の遺伝的被害者は1,800~12,200人になるであろう(訳注:あのWHOの1部門のUNSCEARでさえ、これほどの被害数を予測していたとは驚きである)。さらに、その後の世代も含めるとヨ-ロッパで合計18,000~122,000人の遺伝的障害が発生すると考えなければならないことになる85)。

表3.北半球とチェルノブイリ地域、ヨ-ロッパの遺伝的被害の予測数(シェフチェンコUNSCEAR 88より)86)

地域 集団線量
(人シ-ベルト)
出産年齢の
集団線量
(人シ-ベルト)
第一世代の
遺伝的被害
(10%) (人)
その後の世代も
含めた遺伝的被害
(100%)(人)
北半球 600,000 240,000 3,000-20,750 30,000-207,500
チェルノブイリ地域 216,000 86,400 1,200-8,300 12,000-83,000
ヨ-ロッパ 318,000 127,200 1,800-12,200 18,000-122,000

4.1 チェルノブイリ地域

                                       
 チェルノブイリ原子炉事故のあと1週間ほどで多くのドイツ人がウクライナ各地から旧西ドイツに避難帰国した。彼らの染色体を分析したところ、驚くべきことに染色体異常(奇形の原因となる)が明らかに増えていた。なかでも無動原体の染色体異常は2動原体異常のおよそ2倍もあった。まれな環状染色体も見つかったこの検査を受けた人々の多くは会社の仕事でウクライナに出張し、チェルノブイリから約400キロメ-トル遠方に住んでいた。血液検体は1986年5月に採取され、全血培養による検査が行なわれた87)。

(訳注:染色体を顕微鏡で見るとアルファベットのXのような形をしている。このXの交わる中心部を動原体という。無動原体とは染色体の端がちぎれた小さな断片で動原体を有しない。2動原体とは2個のXが両手をつなぐようにくっついた状態をいう。3個くっつくと3動原体ができる。環状染色体とは1個のXの端と端がくっついて2個のリングができる状態をいう。いずれの場合もXの端が放射線などでちぎれると起きやすくなる)。

 ベラル-シのラジウクらの調査では、在胎5~12週の胎児を調べたところ奇形が増加していた(訳注:もとの論文を入手できないので診断方法は不明だが、流産した胎児を調べたかあるいは胎児エコ-による診断と思われる)88)。また、彼は1985年から1994年まで10年間の先天性奇形の頻度を報告している。それによると、ベラル-シでは1985年に出生1,000人対して12.5人の先天性奇形の発生があったが、事故後の1994年では1,000人に対して17.7人に増えていた。また、1991年から奇形を診断するため胎児エコ-検査が妊娠早期に行われるようになった。ラジウクの考えでは、超音波検査のあと1,551例に人工妊娠中絶が行われたことを考慮すると、17.7人にこの数字を加算する必要がある。すると1994年は1,000人の出生または妊娠に対し22.4人の奇形があったことになる。その数字は10年前のおよそ2倍である。奇形の主なものは無脳症、脊椎2分症、口唇口蓋裂症、多指症そして四肢筋委縮症であった89)。

 ペトロヴァらの調査(ベラル-シ)では、先天性奇形のほかに貧血の子どもたちも増えていた90)。

チェルノブイリ事故から9ヶ月後の1987年、ベラル-シでは21トリソミ-(21番目の染色体が1個多く計3個あり、臨床的にはダウン症という)の新生児が増加していた。ザトゼピンらは1981年から2001年までの11年間の調査デ-タをもとにこれを見つけ出した。彼らは、チェルノブイリ事故との時間的関係性から1987年1月のダウン症の増加は、チェルノブイリからの放射性降下物によるものと推定した(訳注:出産日から推定すると受精したのは事故とほぼ同時期となる。もし、この時期に放射線などで障害を受けると染色体数に異常が生ずる恐れがある)。他の要因、たとえば出生前診断で過剰に診断されたとか、高齢出産などの原因は除外された91)。

 モスクワ大学とレスタ-大学の研究者は、かつて両親が原子炉から半径300キロメ-トル以内に暮らしていた79組の家族を集め、血液サンプルを採取し検査した。彼らが驚いたことには、1994年の2月から9月に生まれた子どもたちに突然変異のケ-スが2倍に増えていた。遺伝学者の考えでは、検査されたのはわずか2歳の子どもであり(訳注:事故から8年後に生まれており被ばく量は比較的少ないと考えられる)、この変異は親の生殖細胞の遺伝的変化によるものだと説明している。

 オ-スティンのテキサス大学デビッド・ヒルズ教授は、チェルノブイリ石棺のまわりに棲む野ネズミは高濃度に汚染されたエサを食べて生きていることに注目した。そして、そのネズミの被ばくが突然変異に及ぼす影響を調べた;“突然変異の割合は正常の実に10万倍にもなっていた”(訳注:ネズミでこれだけのことが起きており、人で突然変異が起きていても何の不思議もない、ということを言いたかったのだと思う)92)。

ゴドレヴスキ-は、ウクライナのルヒニ-地区で調査し、新生児の日齢7日までの罹病率と先天的発達異常について報告した。罹病率は1985年には出生1000人に対し80人だったが、事故後の1995年には4倍になった(元論文では図に示されている)。発達異常の絶対数は1985年に4人だったが1989年には17人、1992年には33人と高く変動したが、1996年には11人に低下した93)。

 ヴラジミル・ヴェルテレッキ-(米国南アラバマ大学)はロヴノ(訳注:現在名リウネ)地域の先天性奇形の発生率とその地域分布を調査した。この地域では北部が南部より明らかに高度に放射能汚染されていた。神経管欠損症(訳注:胎児奇形のひとつで、脳や脊髄のもととなる神経管が作られる妊娠4週~5週ころに生ずる。代表的なものに無脳症がある)の頻度は出生10,000人あたり22人とヨ-ロッパに比べて非常に高かった(ヨ-ロッパ平均:9.43人)。そして、南部より高度に汚染された北部では神経管欠損の割合が有意に高いことがわかった;出生10,000人に対して南部18.3人、北部27.0人であった(オッズ比1.46、95%信頼区間1.13-1.93) 94)。
これらの論文以外にも多数の報告がある(表4)。

表4. チェルノブイリ事故後にみられた催奇形的被害の報告集 (文献は参考文献の末尾に掲載)

症状 文献
ベラルーシ
国立遺伝モニタリング登録局
無脳症、二分脊椎症、 口唇口蓋裂、多指症、四肢筋委縮症、ダウン症 ラジウクら 1997
ベラルーシ
高度汚染地域ホメリ(ゴメリ)
先天奇形
先天奇形
ボグダノビッチ 1997
サフチェンコ1995
ホメリ地域の
チェチェルスキー 区
先天奇形 クラコフら 1993
マヒリョウ地域 ブレスト 地域 先天奇形 ペトロヴァ ら 1997 シドロフスキー 1992
ウクライナ
キエフ地域のポレスキー区
先天奇形 クラコフら 1993
ルヒニー地域 ゴドレヴスキー、ナスビット 1998
トルコ 無脳症、脊椎2分症 アカルら1988/89、 カグラヤンら1990ギューベンら1993 モカンら1990
ブルガリア
プレヴィン 地域
心奇形、中枢神経系奇形 、多発奇形 Mモウムジェフら 1992
クロアチア 死産児の奇形、新生児死亡 クルスリンら1998
ドイツ
旧東ドイツ(中央登録局)
口唇口蓋裂 ツィーグロースキー,ヘムプリッヒ1999
バイエルン州 口唇口蓋裂 先天奇形 シェルブ, ヴァイゲルト 2004
ケルブライン 2003、2004 ヴァイゲルト 2003
西ベルリン健康年報(1987年) 死産児の奇形 放射線テレックス1989
イェーナ市 (先天奇形登録) 単発奇形 ロッツら1996

4.2 ドイツ

 チェルノブイリ事故から9ヶ月後の1987年1月、ミュンヘンの遺伝診断学研究所(クラウス・ヴァルテンマイア-博士)において21トリソミ-(ダウン症)の頻度が通常の3倍であることが明らかになった95)。この結果はヴァルテンマイア-博士 によって慎重に吟味されたが、事故からちょうど9ヶ月後に遺伝的変化が増えていたことが非常に際立っていた96)。ミュンヘンでは6例の21トリソミ-がみつかった97)。

 同様にK.スペルリングの調査でもチェルノブイリ事故から9ヶ月後のベルリンでダウン症の急激な増加を認められた。1987年1月、西ベルリンで正常では2~3人であるはずのダウン症の出生が12人であった。この数値は偶然ではなく、“有意に高い”ものであった98)。これら12例のうち8例は受胎の時期がベルリンでの放射線量の増加が最高であった時期と一致した99)。彼らはこれらのデ-タをさらに詳しく分析し、1987年のダウン症の発生率の増加を再確認し、British Medical Journal誌上で発表した。この分析で得られた数値はきわめて正確なものであった。

ベルリン

ベルリン


 当時西ベルリンは陸の孤島であり、また彼の研究所は市のすべてのダウン症の子どもたちを把握できる立場にあったので、その数値は西ドイツの他の州のデ-タと比べるに値するほど正確であった。あの春に降った放射性物質が染色体疾患の原因といえるのは、ほかの要因、特に母体年齢の関与を除外することができたことが大きかった。ベルリンで放射線量が最も高かった1986年4月29日から5月8日の間に5組のカップルが妊娠した。さらに5組のカップルがこの期間または直後に受胎した。細胞検査の結果、7例中6例で過剰染色体(訳注:ダウン症は染色体が1個多い)が母体由来のものであることを確認できた。著者らによると、全12例中8例で放射線量の増加と染色体異常の関連があると判断され、数例では関連を否定できなかった。

 彼らはその原因が放射性I-131ではないかと推測した。それはI-131の半減期が約8日であることや1986年春に環境や空気中および食物にI-131が極めて高濃度に存在したからである。今もって議論されているのは、卵巣と甲状腺に相互作用があるか、あるいは卵巣そのものにI-131が蓄積されるのかということである。かなり以前の研究であるが、ダウン症やその母親は甲状腺機能亢進症(クラ-ク1929)や自己免疫反応(フィアルコウ1964)のような甲状腺疾患にかかりやすいとの報告がある100)。(訳注:この報告とI-131・ダウン症を結び付けるのは少し無理があるかもしれない)

 ベルリンでの調査に続いてスペルリング教授はドイツ国内の40の人類遺伝研究機関で国家的サ-ベイ(調査)を開始した。1986年から28,737例の出生前染色体分析をしたところ、393例で常染色体数が増加していた。そして、そのうち237例は21トリソミ-だった。チェルノブイリ事故の数日後に受胎した胎児では、この頻度がもっとも高かった。そして、放射能汚染がよりひどかった南部ドイツではそれが顕著であった101)。

 ベルリンでのスペルリング教授のダウン症に関する研究は、のちの再分析で正しいと認められた。フランスのフォントネ・オ・ロ-ゼにある核放射線安全防御機関のペレ・ヴェルガ-は、放射性被ばくとダウン症の原因となる染色体異常の発生の可能性について、胎児被ばくや母体年齢も考慮に入れた上で、入手できた論文を再分析した102)。そして、放射線被ばくがダウン症のリスクファクタ-である可能性は否定できないと結論した(訳注:この最後の一行は訳者が要約を読み、追加したものである)。

 チェルノブイリ事故が起きた1986年、ハンブルグでは2,500g以下の未熟児や早産児数が過去30年で2番目に多かった。この数字には早産児同様未熟児も含まれている。ハンブルグ議会は議員のウルズラ・カベルタ・ディアスの質問に答えて次の情報を公開した。1981年から1985年まで低出生体重児は1,000人当たり平均60人だった(1982年は65人)がチェルノブイリ事故の年には67人になった(訳注:有意差はないかもしれない)103)。

旧東ドイツでは流産および16才以下の死亡例はすべて剖検をすることが法律で定められている。チェルノブイリ事故以降、放射線被ばくに典型的な先天性奇形もまた増加した。イェ-ナで登録された先天性奇形は1985年に比べ、1986~87年には4倍に増加したが、その後はまた低下した。増加の主なものは中枢神経系や腹壁の奇形であった104)。旧東ドイツで登録された先天性奇形を分析すると口唇口蓋裂は1980年~1986年に比べ1987年には約9.4%の増加がみられた。これは放射性降下物の影響がもっとも大きかった北部の3地区でより顕著であった105)。

 1987年の西ベルリンの年間健康報告によると、死産児では奇形の発生が倍増していた。四肢の奇形がもっとも多く、次いで心臓や尿道の奇形そして顔面裂の発生もまた増加した106)。

バイエルンの南部地方は放射性降下物による汚染が比較的高かった地域だが、1987年末の時点(これはセシウムによる妊婦への被ばく量が最高となった7ヶ月後である)での先天奇形の発生率がバイエルンの北部地方よりおよそ2倍高かった。1987年11月と12月の調査では、 バイエルンの地区ごとの先天奇形発症率は地表でのセシウムの汚染レベルと高い相関性を示した。A.ケルブラインとH.キュッヘンホフは南部および北部バイエルンにおける先天奇形発生率と妊婦のセシウム被ばくの影響が7ヶ月遅れで現れたことに時間的関係性があることを明らかにした。

ドイツ・バイエルン州の汚染地図


汚染のひどかったバイエルンの24の地区では、1987年11月と12月の先天奇形発生率が汚染の少なかった24の地区のおよそ3倍であった。汚染がもっともひどかった10の地区ではもっとも少なかった10の地区に比べ先天奇形発生率はおよそ8倍であった。(オッズ比7.8 p<0.001)この結果は死産の増加率と類似していた。                バイエルンはチェルノブイリの事故以前から先天奇形のデ-タを有する唯一の州である。このうち1984年から1991年のデ-タはバイエルン開発環境省の指示で、見直し調査が行なわれた107)。H.シェルブらはチェルノブイリ事故のあとに先天奇形発症率が増加したこととバイエルン地区の地表のセシウム汚染レベルとのあいだに相関性があることを見出した。彼らは事故前の1984年~1986年に比べ、事故後の1987年~1991年に先天奇形、特に口腔顔面裂のグル-プが増加していることを見出した108)。               シェルブとヴァイゲルトの2番目に重要な仕事は、環境省の指示のもと、バイエルンで得られた奇形のデ-タを分析したものである。彼らは事故後の1986年10月から1991年12月のあいだにバイエルンで先天奇形が1,000例から3,000例過剰に増えたと推計した109)。著者らは、この数値は1kBq/m2あたりの死産リスク(0.5~2.0%)と同等であると見積もっている。慎重に解釈し、セシウム134と137の外部線量のみを考慮したとしても、これは1.6/(1mSv/a)の相対リスク係数があることを意味している。このことは生殖障害に関しては比較的高い閾値が存在するという意見とは相矛盾する110-112)。 事故のあとに体内被ばくした子どもでは知能レベルが低下するという悪影響もみられた。ノルウェ-での最近の調査によると、放射性降下物でもっともひどく汚染された地域では思春期になった子どもたちの認知能力が低いという結果であった。  妊娠8~15週でチェルノブイリ事故に遭い、そのあとも放射性降下物で汚染された地域(ノルウェ-国内)に住み続けた妊婦たちがいた。彼女たちから生まれた子どもたちは思春期になった時点でIQ値が低いことが明らかになった。オスロ大学の精神科医スベルドヴィック・ハイア-ヴァングとそのグル-プは思春期の認知能力に対する低線量胎内被ばくの影響について最近の論文で報告した。これはスカンジナビア精神医学会の雑誌Scandinavian Journal of Psychologyに発表された。この論文のおかげで、以前に報告されたスウェ-デン(ア-モンドら2007)やウクライナ(ニャ-グら1998)、ベラル-シ(ロガノフスキ-ら2008)からの報告内容が正しいことが実証された113)。 追記:チェルノブイリ事故-ヨ-ロッパに住む動物への影響                                             ドイツではチェルノブイリ事故後、ヒトのみにならず動物にも奇形(形体異常)が観察された。そして動物では常態的に奇形が報告されている。ギ-セン大学遺伝学部門にはチェルノブイリ事故後1年の間に8千匹にも及ぶ奇形の標本が集められた。その標本の多くはこれまでに見たこともない奇形であった。バイエルンやコルシカ島では、牛の流産や早産が増え、両目のない子豚、3本足の鶏、足のないウサギ、毛のない羊や片目だけの羊、一部分の皮膚が欠損した仔馬、コルクスクリュ-のような足の子山羊などが観察された。  また、畜産家の中には、40%以上もの若い動物が死亡したとの報告する者もあった。山羊は放射線に最も敏感な動物である。1987年、交配したにもかかわらず多くのは妊娠しなかった。さらに、流産、早産、死産、問題のある誕生、嚥下反射の欠乏や、小さな肢、もしくは大きな肢、甲状腺の問題、早期の死やかなりの奇形が観察されと報告された。これらのデ-タはライン地方、ザ-ル地方、ザ-ルプファルツ郡、ラインプファルツ郡からのものだが、(明るみになると困る)家畜家からの圧力があったにも拘らず、何度も報告された114)。  1987年、南ドイツで山羊の雌雄同体、死産、奇形が増加していた。山羊畜産場から無作為に133牧場がえらばれ、チェルノブイリ事故の前後で集計が行われた。この調査には拘束はなく、チェルノブイリ事故前の890出産と事故後の794出産とで比較調査された。一腹からの出生匹数は1.93匹あったものが1.82匹と減少した。雌雄同体の発生率は2.2%だったものが3.4%と増加した。死産率は4.66%から5.77%へ増加、奇形による死亡率は0.93%から1.32%へ増加、生まれてきたものの奇形の割合は0.31%から1.10%へ増加した。これらの悪化は、主としてチェルノブイリ事故による放射性降下物の影響によると思われた115)。 コーネリア・ヘッセ・ホネガ-はチェルノブイリ事故以前から動物のストレスによる奇形を描くことを職業としてきた。その科学的かつ詳細な描写は動物の遺伝的障害を視覚的に印象深いものとしている。彼女は事故後も多くの年月を費やし、メクラカメムシ(カメムシ亜目)の各種奇形を描き、記録してきた。そして、原子力施設の付近で捕らえたカメムシ類の奇形も記録してきた。彼女の描写は芸術的かつ印象的であるばかりではない。すぐには気付かないかもしれないが、放射線障害に関心を向けさせ、事はとても重大であると感じさせるであろう116)。  イギリスでは、チェルノブイリ事故後19年たってもいまだに、放射能汚染での規制が379の牧場(家畜業者)、20万頭の羊、7万4千ヘクタ-ルで継続している。同様の規制がスウェ-デン、フィンランド、アイルランドでもトナカイを対象に行われている117)。2002年のヨ-ロッパ委員会からの報告では、ドイツやイタリア、スウェ-デン、フィンランド、リトアニア、ポ-ランドに生息する野生生物・植物、イノシシ、鹿、マッシュル-ム、野イチゴや魚からも高濃度の1kgあたり数千ベクレル以上のセシウムが確認された118)119)。

4.3 他の国々

 1987年初頭、悪いことに西トルコ地方で先天性奇形が増加した。黒海の西に面したデュズジェ地方で、1986年11月に10例の無脳症の新生児が生まれた。デュズジェ地方で開業をしているファルク・テゼルによると、これまでに無脳症例はたったの3例であった。この奇形以外にも神経管閉鎖不全が多く報告されている120-126)。

 中枢神経系の欠損や四肢の奇形を代表とする先天性奇形の増加は、フィンランドの汚染地域でも確認された。デンマ-クやハンガリ-、そしてオ-ストリアでも中枢神経系の欠損が数多く観察された127)。

ブルガリアのプレヴェン地方では、心臓、中枢神経系の異常、そして多発奇形が観察された。1980年から1993年にかけて、クロアチアの大学では死産や28日以内に死亡した未熟児の剖検を行なった。その結果、チェルノブイリ事故後、明らかに中枢神経系の奇形が増加していた128)。

 L.ザグゼンらによると、1986年8月から12月のフィンランドで未熟児出生率が増加した。未熟児の母親たちは、妊娠1か月から3か月にかけてちょうどチェルノブイリ事故の放射性降下物で強度に汚染された地域に住んでいた。同時に、L.ザグゼンらは、フィンランドでの放射能汚染は、満期産児には影響を及ぼさない程度であったと結論している。しかし、この報告からは胎生期の放射線汚染により先天的奇形が増加したかは不明であり、また、フィンランドの汚染地域での障害児の頻度についても不明であった129)。

 J.ポフル・リュ-リングらはチェルノブイリ事故の影響としてオ-ストリアのザルツブルグに住む人々のリンパ球を用いた染色体損傷の研究結果を報告した。1987年、チェルノブイリ事故の結果、人が被ばくした放射線量は以前と比べて15%から68%の幅で増加していた。実際の放射線レベルは、中央値が年間0.9ミリグレイから、事故後には年間2ミリグレイに増えたが、リンパ球の染色体損傷はチェルノブイリ事故後6倍に増加していた。さらに高濃度で放射能汚染された場合は染色体損傷の頻度は減少していた。このポフル・リュ-リングが示した容量/効果曲線は、他の研究者たちの報告と一致していた130)。

チルノブイリ事故後、スコットランド131)とスウェ-デン132)もベルリンやベラル-シと同様にダウン症が突然増加した133)。

 ホフマンは予測モデルによって計算された最新の論拠-チェルノブイリから隣国に降った放射性物質は量がとても少ないので目に見えるほどの影響を及ぼさない-は間違いであると主張した。実際、ウクライナ、ベラル-シ、ロシアでチェルノブイリ事故後、染色体の異常が起きたことが証明されている。生物学的放射線測定法により、(計算による)集団の放射線被ばく量は過小評価されていることが明らかとなった134)。

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第5章 甲状腺がんとその他の甲状腺疾患

5.1チェルノブイリ地域

 大事故の2周年追悼日にプラウダ(旧ソビエト共産党中央機関紙)で旧ソビエト保健省のE.チャソウは述べた。「本日、チェルノブイリ原発事故は被害地域住民の健康にはなんら影響しなかったと確信する」。

 L.A.イリイ-ン教授らは事故3年後の1989年3月になって初めてモスクワで、地域汚染状況とそこから予想される健康被害について報告した135)。彼らの予測は次のとおりである。「9か所の高度汚染地域内の39地域に158,000人(0~7歳)の小児が住んでおり、このうち90人が今後30年間に甲状腺がんを発症するであろう」。

 この予測はそのあとの実情と比べるといかに現実離れしたものかがわかる。しかし今もなお彼は、放射能問題に決定権を有する国際機関(ICRPやUNSCEAR)のロシア代表であり、チェルノブイリ健康被害の専門家の一人と考えられている。

 1990年1月、ミュンヘン放射線生物学研究所所長のA.M.ケレラ-は、“赤十字社への報告(136)”を著した136)。その中で彼は述べている。『特に問題となるのは甲状腺機能障害に対する恐怖である。[中略] 現在、甲状腺機能検査がより広く行われるようになり、はるかに多くの機能異常が発見されており、放射線が原因といわれている。しかし、実際は、放射性ヨウ素で大量に被ばくしても病理的変化や機能異常は起きないと予測される。 [中略] 医療従事者と多くの医療機関は病気が増えたのは放射線に原因であるとしている。しかし、これは間違いで、状況を詳細に分析すると、この増加は次の3つの要因に帰するという結論に達した。 

1.生活状況が変化し栄養状態が悪化したため
2.極度の精神的不安状態に陥ったため
3.汚染地域で頻回かつ集中的に医学調査を行い、余分な疾病報告をしたため』 

 チェルノブイリ事故の4年後、東ドイツの原子力安全と放射能防護室の放射線科医長であったD.アムトはS.プフルークバイルにあてて次のようにつづっている。「チェルノブイリ周辺の問題は放射線生物学的なものではなく、生活習慣の変化(ビタミン欠乏や生活区域の制限)による心身症的な気質によるものである」137)。

 この種の無知な専門家の見解がタイムリ-かつ効果的な医学的介入を妨げた;そして、ついにはチェルノブイリ周辺住民は散歩や野菜の摂取が十分でなかったのではないかと自らを責めるほかはなかった。
                         
 旧ソ連外では、1990年秋にベルリンで、チェルノブイリ事故以降の甲状腺疾患の実情が初めて詳細に発表された138)。 ミンスクの医師マリア・アンクドヴィッチは放射線被ばくが甲状腺がんを引き起こすのみならず、それより多い頻度で甲状腺腫大や種々の自己免疫性甲状腺炎や甲状腺機能低下症をもたらすと報告した。甲状腺に被ばくした子どもではホルモンの分泌状態が変化するために、小児・思春期の子どもたちの機能障害や発達障害のリスクが増大している。神経内分泌制御が障害されると、下垂体や副腎皮質、膵臓、乳房、卵巣などの臓器でがんが増加する可能性もある。

 彼女の報告によると、ベラル-シ南部の小児の約5%が10グレイを超える放射線被ばくを受け、非管理地域の約20%の小児が1グレイの被ばくを受けた。特に注目すべきはベラル-シ出身の小児での甲状腺がんの増加である。甲状腺がんは通常老人に起こり、小児においては極めてまれな疾患である。1986年以前は、ベラル-シで年間新たに発症する頻度は0~2例だったが、1989年までに7例、1990年秋までに22例に上った。この時点で、過去の経験からみても、より重大で急速な雪崩的増加が近づきつつあることはすでに明白であった。この勇敢な医師の誠実な行動は彼女のその後のキャリアを著しく傷つけた(訳注:出世できなかった、あるいは左遷された)。

 IAEAは1991年の春に国際チェルノブイリ・プロジェクトの調査結果を報告した。この大規模な調査報告には、「検査を受けた小児[中略]は概して健康であった」と書かれている。また、「事故後、白血病や甲状腺がんが明らかに増加したというデ-タはない」とも述べられている139)。

 ベラル-シの甲状腺がん症例のデ-タはすべて一か所にまとめられているため、電話一本で実際の数字を知ることが可能であったはずである。今日私たちがわかっていることは、

  • チェルノブイリ地域の子どもから採取された組織標本は、アメリカのF.A.メットラ-教授(このプロジェクトを主導した科学者の一人)のデスクにあり、彼は報告書に書かれた内容が事実とは異なっていることを知っている140)。
  • チェルノブイリ・プロジェクトに関わった科学者たちはベラル-シ保健省から出された一つの報告書を所持していた。この文書は、ホメリ(ゴメリ)の高濃度汚染地域の子どもたちのあいだで甲状腺疾患が有意に増加しており、このことに対してはっきりと注意を促したものであった141)。しかし、この報告は無視された。

 1995年11月20日~23日、WHOはジュネ-ブ(スイス)で国際会議を開催し、チェルノブイリ原発事故(および他の核関連施設での事故も含む)の健康被害について討論した。この会議で甲状腺疾患の研究結果が報告され、甲状腺がんの頻度が特に高度汚染地域の子どもで急激に増加しており、そのスピ-ドは予想をはるかに超えていた142)。

 WHOの専門家であるキ-ス・バヴェルストックによれば、事故からがんが増加するまでの時間が「驚くほど短かった」。しかも、発症したベラル-シの子どもたちではがんの増殖スピ-ドが予測以上に速く、そして全身に転移した143)。

 小児甲状腺がんがもっとも多く発生したのはホメリ地域であった。ここはチェルノブイリ事故でもっとも被害を受けた場所である。ベラル-シで甲状腺がんになった子どもの約50%はこの地域に集中していた。成人で最初に甲状腺がんが増えはじめたのもこの地域だった。同地域に住む0~18才の子どもで、1998年の1年間に新たに発症した患者数を調査したところ、13年前(チェルノブイリ事故以前)の58倍に達していた144)145)。

図3.ベラルーシにおける甲状腺がんの患者数」(1985年~2004年) 158)

図3.ベラルーシにおける甲状腺がんの患者数」(1985年~2004年) 158)


 甲状腺がんを発症した大多数の子どもは事故当時6才未満で、更にその半数以上は4才未満であった。ベラル-シでは0~14才の小児甲状腺がんの発症率は1995年がピ-クであった(図3)。小児甲状腺がんの増殖スピ-ドが速く他の臓器、特に肺への転移をきたしやすいことが明らかになった。このことは事故後早い時期に判明した。こうした症例はほとんどが甲状腺乳頭がんであった。

 チェルノブイリの想像を超えた大惨事でウクライナでも甲状腺がんが増加した。事故後、11万人の子ども、4万人の成人の甲状腺から高濃度の放射性ヨ-ドが検出されたため、がん登録制度が設立された。1993年には418名の小児甲状腺がん患者が登録された。地域ごとの情報を照合すると、放射性ヨ-ド汚染との相関が明らかとなった146)。

 M.フジ-クらは、ベラル-シ、ウクライナ、ロシアの3カ国にまたがり広範囲に甲状腺がんを調査した147)。この報告は3カ国のがん登録制度をもとになされた。これらのデ-タから、事故当時幼児であった人々でがん発病率がもっとも高いことも明らかになった。事故以前(1982年~1986年)に出生した子ども、および事故の時に出生あるいは2~3才の幼児であった子どもでは事故後(1987年~1991年)に出生した子より甲状腺がんを発症する確率が高いことがわかった。

子どもで高い発病率を示したということは、乳幼児期は甲状腺の放射性ヨ-ドの発がん作用に対する感受性が高いことを強く示唆している。ベラル-シの子どもで甲状腺がんの悪性度が高いことは、その転移の速さから明らかである。TNM分類でステ-ジpT1(訳注:悪性腫瘍の病期分類に用いられる指標の1つ)に分類される初期のがん-甲状腺の片葉のみに直径10mm以下の結節が1個-であっても、その43%が所属リンパ節に転移し、3%が他臓器へ転移した148)。

Cs137の汚染マップ(1989年12月)

Cs137の汚染マップ(1989年12月)


 フジ-クらの報告によれば、ベラル-シ、ウクライナ、ロシア3カ国の12地域(下記)のほぼすべてがチェルノブイリ事故の影響を受け、0~14才の子どもでは事故後4~5年程度で甲状腺がんが有意に増加した149)。この12地域は、ウクライナのヴィ-ンヌィツャ, ジト-ムィル, チェルカ-スィ, チェルニ-ヒフ, キエフおよびキエフ市、ベラル-シのホメリ(ゴメリ)、マヒリョウ , ロシアのブリャンスク、クルスク、オリョ-ル、トゥ-ラである。もっとも増加率の高かったのはホメリ地域で、ブリャンスク、オリョ-ル、キエフ市、キエフ、チェルニ-ヒフ、マヒリョウ、ジト-ムィルの順に続く。
   
 ミンスク保健省ヴァシリ・カザコフによれば、1992年にはベラル-シで小児甲状腺がんの発症率が世界平均よりも80倍も高くなったという150)。レングフェルダ-らによれば、2001年末までに、ベラル-シの子どもおよび青年だけですでに1,000例以上の甲状腺がんが確認されている151)。2004年にオケアノフらが発表した論文には、ベラル-シで小児甲状腺がんの発症率は100倍に上昇したと述べられている152)。

 オケアノフらは成人でもまた、甲状腺がんの発症率が上昇したと指摘している。チェルノブイリ事故以前には、ベラル-シの成人では甲状腺がんは比較的まれな疾患であった。1990年-チェルノブイリ事故の4年後-から、甲状腺がんはいちじるしく増加し、世界でこれまでに観察されたもっとも高い発症率を記録した。1980年までの30年間で、成人甲状腺がんの年間発症率は10万人あたり1.24人であったが、1990年には1.96人、2000年には5.67人まで上昇した153)。パヴェル・ベスパルチェク (2007)は、原発事故の後ベラル-シだけで12,000人以上の人々が甲状腺がんを発症したと計算している154)。

 レングフェルダ-らは次のように指摘している。1986年に放射性ヨ-ドに被ばくした子どもは、時が経て思春期、そして成人期へと移行していく。すなわち、発がんのリスク-生涯消すことのできない-を抱えたまま、成人の群へ移行するということである。しかし、原発事故当時すでに成人であった群においても、発がんリスクの急激な上昇が認められている。実際、チェルノブイリ以降(1986年~1998年)、50~64才の群では甲状腺がん発症率はそれ以前(1973年~1985年)と比較して5倍に上昇している。64才以上の群であっても2.6倍も上昇している(表5)。

表5.チェルノブイリ事故前13年間と事故後13年間の甲状腺がんの比較:
ホメリ地域(ベラル-シ)155)

年齢 1973年~1985年(事故前) 1986年~1998年(事故後) 増加倍率
0-18歳 7人 407人 58倍
19-34歳 40人 211人 5.3倍
35-49歳 54人 326人 6倍
50-64歳 63人 314人 5倍
>64歳 56人 146人 2.6倍

 ベラル-シだけで、2,000年までに成人甲状腺がんが累計3,000人以上も過剰発生している156)。ベラル-シにおける甲状腺がんの過剰発生は、チェルノブイリ事故以後、子ども、青年、成人全体で1万人以上となっている157)。

 放射線と甲状腺に関する国際シンポジウム(主催:欧州委員会、米国エネルギ-省、米国保健省の国立がん研究所)が1998年7月米国マサチュ-セッツ州ケンブリッジで開催された。

 このシンポジウムでWHOの代表者はこれまでに発生した小児甲状腺がんの進行状況から、一つの予測を明らかにした。それは、原子炉の災害を受けたホメリ地域において、0~4歳の小児のおよそ三分の一がいずれ甲状腺がんを発症するだろうという予測である159)。その予測によれば、ホメリ地域のみで、大惨事が起きた当時0~4歳だった子どもたちの50,000人以上が甲状腺がんを発症することを意味している。もしこの予測を事故当時ホメリ地域に住んでいたすべての年代の人々(青少年や大人を含む)に当てはめるならば、甲状腺がんの被害は100,000人以上にも上るであろう160)

 ホメリ地域において治療を受けている患者数もまた、この地域での甲状腺がんの広がりを印象づけている。レングフェルダ-らによれば、ホメリの甲状腺疾患センタ-では2002年までにすでに70,000名以上もの患者が甲状腺がんの積極的治療を受けている161)。

5.2 ドイツ

ヘッセン州中部のディレンブルクにある医療、栄養、獣医学の国家検査機関の調査によれば、ヘッセン連邦政府の定期の早期診断検査(訳注:マススクリ-ニング)結果から、1986年のチェルノブイリの事故の後に、新生児の甲状腺機能低下症の発症率が増加していることがわかった162)。同年、ベルリンでも甲状腺疾患が増加しているとの報告があり、14名の小児が出生時に甲状腺機能低下を伴っていた。前年までの年平均は、わずか3人から4人、多くても7人であった。これは“KAVH”ベルリン自由大学の小児科が1987年7月に”放射線テレックス”ジャ-ナルに報告したものである163)。なお、ドイツ全体では、甲状腺疾患に関する大規模調査を実施するために必要なデ-タは現時点では提供されていない。

5.3 他の国々

 ミュンヘン大学放射線生物学研究所、ピルゼンのチェコNGO、チェコ共和国、ノイヘルベルグにある環境と健康のためのGSFリサ-チの合同調査で、チェコ共和国において成人の甲状腺がん患者が増えていると報告された164)。東ドイツやバイエルンと同様にチェコにおいてもチェルノブイリ放射性降下物の被害を受けていた。ドイツとは違い、チェコでは成人のがん患者の登録制度があるため、この研究は特に大規模に長期にわたって(全体で247万人)解析されている。

 それによれば1975年以降、男女問わず甲状腺がんの発症率の増加傾向があった。しかしながら、チェルノブイリ事故後の1990年には、男女両方で甲状腺がんの発症割合が年間2.0%から4.6%とあきらかに増加した(95%信頼区間:1.2-4.1、p=0.0003)。そして、1989年の早い段階から女性の方が男性よりも発症率が高かった(p=0.0005)。すべてまとめると、チェルノブイリ事故後の甲状腺がんはチェコだけで426症例もの過剰発症がみられた(95%信頼区間:187-688)。事故から病気の大発生までの潜伏期間はわずか4年であったとのことがわかり、この年数に関してはチェルノブイリ周辺地域と同様であった。

また、ポ-ランド165)、北イングランド166)でも青少年や成人のあいだで、甲状腺がんの発症率が増えていることがわかった。

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第6章 がんと白血病

第6章 がんと白血病チェルノブイリ事故による発がんリスクを評価するため、 さまざまなアプロ-チやモデルが存在する。プレストン ら (2007) は広島・長崎の原爆被ばく者のLSS(訳注:Life Span Study生存者寿命調査のこと)コホ-ト解析を行い、0.15グレイ(訳注:=150ミリシ-ベルト)以下の被ばくでも線量に応じてリスクがあることを明らかにした167)(訳注:この結果から放射線リスクにはしきい値がなく、低線量であっても危険ということになる)。そして原爆被ばく者ではがん患者数が被ばく時の年令と無関係に増加し続けている。

 チェルノブイリ周辺地域で被害を受けた人々は全身被ばく線量が0~1.5 グレイと推定されている。そして、3つの被ばく国からチェルノブイリ事故の調査報告数が増えるにしたがい、長期の低線量被ばくによる発がんリスクは原爆被ばく者の研究結果よりも高いという結論に達した。また、15ヶ国で原発作業員について多施設研究を行ったところ、発がんリスク(白血病と肺がんを除く)が原爆被ばく者のほぼ3倍近くに上ることがわかった。したがって、原爆被ばく者で得られた研究結果をそのままチェルノブイリ事故で被ばくした人々に当てはめると、低線量被ばくのリスクを低く見積もることになることは間違いない168)。

 マルコ(2007)169)はチェルノブイリ事故から70年間(1986年~2056年)の発がんリスク(白血病も含む)を計算し、超過発病数(訳注:通常の発病数よりも増えた分を超過発病数という)がベラル-シだけで62,500例に達すると推定した。さらにヨ-ロッパ全体では239,900例になるだろうと。

6.1 チェルノブイリ地域

 ベラル-シには1973年から全国がん登録制度が施行されており、全ての悪性腫瘍の情報を照合することができる。オケアノフらは1976年~1985年のがん患者数と1990年~2000年の患者数を比較し、ベラル-シでの発がん率が39.8%有意に上昇したと報告した170)。チェルノブイリ事故以前の年間発症率は人口10万人あたり155.9人であったが、事故後は217.9人に上昇していた。主に増加したがんは腸、肺、膀胱、甲状腺由来であった。

 上記のごとく、ベラル-シの全地域で発がん率が有意に増加していた。そして、事故でもっとも高濃度汚染したホメリ(ゴメリ)地域では、汚染度の低かった地域よりも発がん率が55.9%も上昇していた。事故前のホメリでは発がん率が年間10万人あたり147.5人で、全国平均155.9人より低かった。しかし、事故後には224.6人に増え、しかもその時の全国平均217.9人も上回った。放射性降下物が比較的少なかったヴィ-ツェプスク地域は対照地域とされた。ベラル-シのこの2つの地域を直接比較したところ、ホメリ地域の発症率はヴィ-ツェプスク地域より有意に高かった。ホメリ地域では回帰係数(訳注:患者数の散布図から回帰式Y=aX+bを求める。このaを回帰係数と言い、これが大きいほど回帰式の傾きが急峻になる。すなわち患者数が急上昇するということである)が2.79から5.18へと最大の増加が記録されたが、他のベラル-シの地域では有意な増加は見られなかった(ベラル-シ全域で3.76ないしは3.15)。

 発がん率が特に大きく増加したのは、ホメリ地域の中でもセシウム137の汚染が555,000ベクレル/㎡を超えた地域の住民だった。1993年から2002年のあいだ、消化器がんおよび呼吸器がんの過剰発症率はもっとも低い汚染地域に比較して有意に高かった。(消化器がんの発症率はもっとも汚染された地域で141.5人/10万人、もっとも汚染の少なかった地域で104.7人。呼吸器がんは83.7人に対して53.1人)

 女性の乳がんの発症率は長期にわたり高いままである。セシウムで高濃度汚染された地域(ホメリとマヒリョウ)では乳がんのピ-クは45才から49才のあいだで見られ、事故の影響がより少ないヴィ-ツェプスク地域に比べて15才若かった。このように発症年令のピ-クが若いほうへシフト(移動)しており、また、汚染程度がより重度な田園地方の住民に特にその傾向が強かった。

 International Journal of Cancer誌に発表された研究によれば、ベラル-シ(ホメリ、マヒリョウ)、ウクライナ(チェルニゴフ、キエフ、ジト-ムィル)の地域で乳がんの患者数が増加していた171)。また、1997年~2000年の調査では、もっとも汚染された地域では、少なかった地域に比べ発病リスクが約2倍に増加していた。著者らによれば、次の考えはありえない!「乳がんの増加はこの地域で検診回数が増えたからだ」(訳注:WHO、IAEAの見苦しい言い訳)。

 ルヒニ-地区(ウクライナ)で行われた調査では、驚いたことに胃がん・肺がんの診断後の余命がチェルノブイリ事故以降、明らかに短縮していた172)。すなわち、事故前の1985年には胃がん、肺がんの診断後の余命がそれぞれ57ヶ月、42ヶ月だったが、事故の10年後にはそれぞれ2.3ヶ月、2ヶ月にまで短縮してしまった(訳注:基礎疾患のある患者さんは放射線被害を受けやすいということであろう)(表6)。

表6.胃がんと肺がんの診断後の余命:事故前後の比較(ウクライナのルヒニ-地区、ジト-ムィル地域)

診断後の余命(月)
  胃がん 肺がん
1984 62ヵ月 38ヵ月
1985 57ヵ月 42ヵ月
1992 15.5ヵ月 8.0ヵ月
1993 11.0ヵ月 5.6ヵ月
1994 7.5ヵ月 7.6ヵ月
1995 7.2ヵ月 5.2ヵ月
1996 2.3ヵ月 2.0か月

 同じ論文で、結核と診断された症例では乾酪壊死(訳注:肺結核病変の中心部が壊死になった場合,一般炎症と異なり,黄色調でチ-ズ状の壊死物質を形成する。これを乾酪壊死という)が増加しており、注意が喚起されている。1985年には17.5%だった乾酪壊死が1995年では50%に増えていた。著者のゴドレヴスキ-は、これらの現象は免疫システムの崩壊によるものだとしている。

 ユ-リ・オリオフらは25年間にわたって15才以下の小児の中枢神経系腫瘍について調査した(ウクライナにて。ただし、ドニプロペトロフスク、ドネ-ツィク、ザポ-リジャ、ハルキウ地区を除く)。 総計2,633人の子どもがこの期間に中枢神経系腫瘍として治療された。チェルノブイリ事故以前の10年間(1976年~1985年)に756人の患児が治療されたのに対して、事故後の10年間(1986年-1995年)では1,315人の患児が治療された。すなわち事故後に76.9%も増加していた。子どもの人口はこの時期に300万人も減少しているにもかかわらず・・173)。

 乳児では被ばくを恐れ移住してしまうことが多かった。にもかかわらず、次のような状況にある。オリオフとシャヴェルスキ-が3才以下の小児脳腫瘍188人の発病時期を調べたところ、1981年~1985年の5年間の発病が9人、1986年~2002年の17年間が179人であった。患者数を5年ごとに区切ってみると、事故以前の5年間(1981年~1985年)は9人であったが、1986年~1990年では46人で5.1倍、1991年~1995年では69人で7.7倍、1996年~2000年では48人で5.3倍と、それぞれ上昇していた。2001~2002年の2年間では16人であった。年間平均患者数で見てみると、事故前には1.8人/年であったが、事故後は14人に上昇している。しかも、1988年と1994年はもっとも多く18人であった。

 乳児だけで見てみると、中枢神経系腫瘍の増加率はもっと多い。1981年~1985年には病理報告は1人もなかったが、1986年~1990年に4人、1991年~1995年に16人、1996年~2000年に11人報告されている。
                              
 以上の調査をまとめると、3才以下の患者数は5.8倍に増え、1才以下だけでみるとおよそ10倍に増えていた。当時の出生率の大幅な低下を考慮すれば、患者数の増加率はより明白である。また、悪性腫瘍ばかりでなく良性腫瘍も増えた。もちろん良性腫瘍は転移もしないし周囲の組織に浸潤したりしないが、それでも生命に危険を及ぼすことがある。特に乳児の脳では良性腫瘍でも健康な脳組織を強く圧排してしまうのである174)175)。

 1986年のチェルノブイリ事故による放射性降下物(死の灰)により、400万人以上のウクライナ人が被害を受けた。胎児被ばくすると白血病が発症するのかを調べるため、ノシチェンコらは1986年の事故発生年に生まれた子どもたちを対象とし、タイプ別に白血病の発生を調査した。子どもたちの健康は1996年までの10年間以上の期間にわたって追跡調査され、放射能汚染地域と非汚染地域の子どもたちそれぞれの疾患の累積患者数を比較検討した。

白血病発症の相対危険度はどのタイプであっても、放射能汚染地域で有意に上昇していた。これは男児にも女児にもそして男女合わせても当てはまった。急性リンパ性白血病の危険度は、女児のみならず男児でも-途轍もなくというほどではないが-劇的に増加していた。男女合算すると、放射能汚染地域の急性リンパ性白血病の相対危険度は、非汚染地域の3倍以上であった(相対危険度RR = 3.4)(訳注:相対危険度とは非汚染地域での白血病発生率を1とした場合、汚染地域ではどれくらいになるかということである。3.4の場合、白血病の発生率が非汚染地域で、例えば、10人/10万人だとすると、汚染地域では34人/10万人に増えるということである)。この研究結果から、次のことが言えるであろう。1986年に生まれ、汚染地域に住み続けている子どもたちのあいだで、白血病の発症リスクが増した原因は事故による放射性降下物にあると176)。

 ちょうど1年後、ノシチェンコらは大惨事当時0歳から20歳の年齢であった人々を対象としたケ-ス・コントロ-ルスタディの結果を発表した。これは1987年から1997年までの11年間に放射線によって急性白血病を発症する危険度を調べたものである。推定放射線被ばくが10mSvを超えた男性では白血病の危険度が統計学的に有意に増加することがわかった。放射線被ばくと急性白血病との有意な相関は1993年から1997年の期間でみられ、そして特に急性リンパ性白血病で顕著であった。類似の相関は1993年から1997年の期間の急性骨髄性白血病でもみられた177)。

 白血病発症の危険性について調査した最新の研究(ノシチェンコ2010)178)によれば、ウクライナの汚染地域に住み、10mSv以上の線量を浴びた子どもたちではその危険度が有意に上昇していた。

 1994年のヴォイコフスカヤらの報告によれば、大惨事後長年にわたり、ロヴノ地域 (現在名リウネ、ウクライナ) の子どもと成人で造血器腫瘍 (訳注:白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫などの総称)の発病がめだって増加していた。その研究はウクライナで放射性物質によりひどく汚染された地域と、それほどでもない地域とで比較検討された-ロヴノ地域の6つの北部地区はとくにひどく汚染された。

 彼らはチェルノブイリ事故前5年間(1981年~1985年)と事故後6年間(1987年~1992年)とを比較検討した。デ-タ解析から事故後の造血器腫瘍の発症率は、事故前より高いことがわかった。ロヴノ地域における悪性血液疾患の患者数/10万人あたりは事故前が11.53人だったのに対して、事故後は15.06人であった(p<0.05)。慢性リンパ性白血病、骨髄腫、そして悪性リンパ腫の症例数も有意に増加していることが証明された。急性白血病の発症はひどく汚染された地域ではそれほどでない地域よりも、急激に増加していた179)。 1996年にネチャイが発表した研究-ベラル-シのホメリ地域で事故前5年間と事故後10年間(5年間区切りの2期分)の調査-によれば、重症血液疾患の増加は明らかであった。解析によると急性白血病、慢性リンパ性白血病、骨髄異形成症候群の発生率は、事故後の最初の5年間と次の5年間のいずれも明らかに、そして連続して増加がみられた(表7と表8)180)。

表7.ホメリ(ゴメリ)地域での重症血液疾患の患者数(実数)181)

病名 5年間の患者数(実数)
1981年~1985年 1986年~1990年 1991年~1995年
急性白血病 115人 162人 210人
-小児
急性白血病
55 71 66
慢性リンパ性
白血病
191 255 266
慢性骨髄性
白血病
84 95 147
真性多血症 42 64 63
その他の
慢性白血病
50 70 64
すべての白血病 482 646 752
多発性骨髄腫 50 79 82
骨髄異形成
症候群
n.d. 8 43
再生不良性貧血 24 38 22

表8.ホメリ地域での重症血液疾患が、事故前(5年間)から事故後(2期の5年間)にどれだけ増えたかを比較182)病名
1981年~1985年よりも増加した患者数(増加率)

病名 1981年~1985年よりも増加した患者数(増加率)
1986年~1990年 1991年~1995年
急性白血病 +47人(40.9%) +95人(82.6%)
- 小児急性白血病 +16人(29.1%) +11人(20.0%)
慢性リンパ性白血病 +64人(33.5%) +75人(39.2%)
慢性骨髄性白血病 +11人(13.1%) +63人(75.0%)
真性多血症 +22人(52.4%) +21人(50.0%)
その他の慢性白血病 +20人(40.0%) +14人(28.0%)
すべての白血病 +164人(34.0%) +270人(56.0%)
多発性骨髄腫 +29人(58.0%) +32人(64.0%)
骨髄異形成症候群
再生不良性貧血 +14人(58.3%) +14人(58.3%)

1998年ベラル-シ非常事態省と国立科学アカデミ-はベラル-シ議会への公文書で次のように述べている183)。
1979年-1985年は白血病の新規症例数の平均は624人/年であった
1992年-1994年は白血病の新規症例数の平均は805人/年であった
このように、チェルノブイリ大惨事のあと、白血病の発症率が有意に増加した。
分類不可のものを含めた全てのタイプの白血病の発症頻度の増加は以下の通りであった。
事故前の7年間で10万人あたり9.34人
事故後の7年間で10万人あたり11.62人
さらに、慢性リンパ性白血病、多発性骨髄腫、ホジキンリンパ腫、非ホジキンリンパ腫も有意に増加した

詳しいデ-タは表に記載した(表9)184)。

表9. ベラル-シでの事故前後での造血器腫瘍患者数/年185)

  事故前7年間の年平均 事故後7年間の年平均
慢性リンパ性白血病 2041人 2830*人
多発性骨髄腫 782人 782人
非ホジキンリンパ腫 1554人 2285*人
ホジキンリンパ腫 1760人 2029*人

公文書には事故前後での住民10万人あたり年平均新規患者数も記載されている(表10)。

表10.ベラル-シでの白血病、リンパ腫、骨髄異形成症の
年平均新規患者数/10万人あたり186)

地域 1979~1985年 1986~1992年 1993~1996年
白血病 成人 7.99人 9.91人 8.76人
小児 4.34人 4.42人 3.69人
リンパ腫 成人 6.35人 7.91人 7.3人
小児 1.12人 2.31人 1.82人
骨髄異形成症候群 成人 0.03人 0.13人 0.13人
小児 0.01人 0.18人 0.14人

プリシャジニュ-クは、ウクライナの高度汚染地域での各種白血病の標準化罹患比(訳注:発病実数値を予測値で割った数値、どれくらい病気が増えたかの指標となる)を算出した。彼は、事故後5年間2期分(1986年~1991年と1992年~1998年)と事故前1980年~1985年のデ-タを比較した。ここでは1986年~1991年のデ-タを表に示す。この期間、白血病は予測値よりも明らかに高かった(表11)。

表11.ウクライナ(高度汚染地域)での白血病患者の標準化罹患比(1986 年~1991年)187)

白血病のタイプ 発病数 予測値 標準化罹患比 95%信頼区間
すべての白血病 132人 90.1人 146.44 121.46-171.42
すべての急性白血病 65人 44.3人 146.59 110.95-182.22
すべての慢性白血病 64人 38.8人 165.00 124.58-205.43
リンパ性白血病 70人 48.3人 144.95 110.99-178.91
急性リンパ性白血病 20人 7.8人 256.01 143.81-368.22
慢性リンパ性白血病 47人 35.4人 132.73 94.78-170.67
骨髄性白血病 24人 6.3人 379.64 227.75-531.52
急性骨髄性白血病 10人 2.9人 339.42 129.04-549.79
慢性骨髄性白血病 14人 3.4人 414.74 197.49-631.99
その他の白血病 38人 35.5人 106.97 72.96-140.98
その他の急性白血病 35人 33.6人 104.22 69.69-138.74

6.2 ドイツ

                    
 マインツ市小児がん登録制度のデ-タを用いた研究が1993年に発表された。1988年生まれの子どもで-事故の2年後、汚染度の高い地域で-小児腫瘍のなかでもまれな神経芽細胞腫が統計的に有意に増加していた。そのがんの頻度は土壌汚染度に比例して増えていた。この容量/効果の相関性が認められたということは放射線ががんの原因であるとの証拠となるだろう。この神経芽細胞腫の増加は小児がん登録制度が始まって以来もっとも目立ったものであった。このがんの原因としては、親の生殖細胞が妊娠前に受けたダメ-ジによるのかどうかが議論されている188)。
 ギュンテル・ヘンツェ教授によれば、被ばくして子どもたちは、高度汚染地域の南ドイツから治療のため受診していた189)。

 J.ミハエリスらがチェルノブイリ事故後に西ドイツで、93万人弱の乳児-1986年7月1日~1987年12月31日に出生-を調査したところ、驚いたことに35名もが白血病を発症していた。この白血病の発症率は1980年代の平均値の1.5倍であった190)。

6.3 その他の国々

 E.ペトリドゥらは事故後ギリシャで小児白血病の全ケ-スを分析し、次のようなことがわかった。事故直後の1986年7月1日~1987年12月31日に生まれた子どもたち-事故当時、母親のお腹にいた子もいる-では、この時期の前後(事故前1980年1月1日~1985年12月31日および事故後1988年1月1日~1990年12月31日)の期間に生まれた子どもたちよりも1歳未満での白血病発症率が2.6倍も高かった。著者らは白血病発症率の増加はチェルノブイリ事故による胎内被ばくによるものと推測している191)。

 スコットランド国内での研究によれば、1987年に小児白血病が48例登録されたが、これは予測値を13例も上回るものであった。全48例のうち、4歳未満は33例(この年齢では37%の増加)であった192)。

 ル-マニアのダビデスク らは大惨事後の小児白血病発症率について報告した。1986年~2000年の15年間、5か所のル-マニア東地区で疫学的研究を行い、被ばくした137,072名のグル-プ(37名が白血病)と、被ばくしなかった774,789名のグル-プ(204名が白血病)を比較した。3年以上にわたり、セシウム134とセシウム137、ストロンチウム90 、ヨ-ド131で汚染された食べ物から内部被ばくしたとされている。10歳未満の白血病発症率は汚染地域と対照地域では有意な差はなかった(270名対263名、p>0.05)。しかし、発症率を1986年7月~1987年3月に生まれた子どもたちと1987年4月~1987年12月に生まれた子どもたちで比べてみると、有意な差がみられた(386名 対 173名, p=0.03)。特に1歳未満の子どもではこの差は明らかであった。また、発症率は赤色骨髄の被ばく量と相関していた193)。

 マ-チン・トンデルらは大惨事の影響を調べるため、ノルウェ-北部で事故当時60歳以下であった全住民(1,143,182 人、1986年~1987年)についてコホ-ト調査を実施した。北部の汚染地域では1996年までに849例のがんが過剰に発症していた。そして、セシウム137の土壌汚染とがん患者数(22,409 人、1988 年~1996年)の関連も調べられた。肺がんなどすべてのがんの発症リスクは放射性物質の汚染度に比例して上昇していた。その数値は100,000 ベクレル/m2につきがん発症率が11%上昇するというものであった(95%信頼区間=0.03-0.20) 194)。トンデルらは研究をさらに進め、自らの最新の論文で調査結果の正しさを立証している195)。

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第7章 チェルノブイリ事故によるその他の病気

第7章 チェルノブイリ事故によるその他の病気                                            
 表12はチェルノブイリ事故後の疾患別患者統計の年次推移である。このデ-タはA.ニャ-グら196)により報告されたもので、チェルノブイリ周辺の人々を同じ方法で何年にもわたって診察した結果である。この表を見ると被ばくしてもしばらくのあいだは患者数が増えていない。しかし、数年後からすべての群で患者数が大幅に上昇している。枠内の数値は住民10万人あたりの患者数を示しており、多くの住民がひとつではなく、複数の疾患に苦しんでいることがわかる。

 事故後数年して、広島・長崎の犠牲者のデ-タをこの地域にも適用できることが明らかとなった。しかし、当局は放射線被ばくとがん以外の疾患の関連性を認めようとはしなかった。さらに、失われたデ-タがこの分野の研究を邪魔した。

表12.北ウクライナ住民(チェルノブイリ事故で被ばく)の精神身体疾患の患者数推移
(1987年~1992年) 197)

登録患者数/ 10万人あたり
青少年と成人
病気/臓器 1987年 1988年 1989年 1990年 1991年 1992年
内分泌疾患 631 825 886 1,008 4,550 16,304
精神疾患 249 438 576 1,157 5,769 13,145
神経系疾患 2,641 2,423 3,559 5,634 15,518 15,101
循環器疾患 2,236 3,417 4,986 5,684 29,503 98,363
消化器疾患 1,041 1,589 2,249 3,399 14,486 62,920
皮膚疾患 1,194 947 1,262 1,366 4,268 60,271
筋骨格系疾患 768 1,694 2,100 2,879 9,746 73,440

次の表13も同じ文献から引用した。4つの住民グル-プで、健康な人の数が減少していることが示されている。例えば、1987年の時点では汚染除去作業員の78.2%が健康であるが、1996年にはその割合は15%まで減少している。

もっとも問題と思われるのはⅣ群-被ばくした親の子どもたちの群-である。これらの子どもたち自身は直接チェルノブイリの被害を受けていないが、両親がチェルノブイリ事故に遭遇している。こうした子どもたちの健康状態は年を経るにつれ悪化していることは憂慮すべきことである。遺伝子が影響を受けた可能性はある。しかし、答えの見つからない疑問もまだ数多く残されている。

表13.被ばくした住民(ウクライナ)の健康悪化 198)
健康な人の割合(%)

犠牲者の種類 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996
I 汚染除去作業員 78.2 74.4 66.4 53.3 35.8 28.8 23 19.8 17.6 15
II 避難者 58.7 51.6 35.2 26.2 29.7 27.5 24.3 21.1 19.5 17.9
III汚染地域の住民 51.7 35.4 35.2 26 31.7 38.2 27.9 24.5 23.1 20.5
IV 被ばくした親の子どもたち 80.9 66.8 74.2 62.9 40.6 n.d. 36.9 32.4 32.1 29.9

表14は、ホメリ(ゴメリ)地域(南ベラル-シの高度に汚染された地域)の子どもたちの健康状態の推移を示している。表は1985年から始まっている。この欄を見ると、1985年には子どもたちの患者数は意図的に少なく記録されたのではないかという疑問がわく。しかし、この欄を抜きにして考えても、残りの1990年から1997年の欄において、大きな変化が認められる。患者数の大部分ががん以外のカテゴリ-に属していることは明らかである。引用した元のデ-タから、相当数の小児が複数の疾患に同時に苦しんでいることも明白である。
                 
がん以外の疾患に関して、放射線被ばくがどのように“作用 ”しているのかについてはまだ解明が始まったところである。しかし、この問題に関して積極的な追及はなされていない。なぜならこれらの疾患群の人々を全て放射線被ばくに起因する病気として公式に認めた場合、おそらく放射線被害をうけた人の(チェルノブイリだけではなく)総数が、突然急上昇すると考えられるからである。西側の世界ではこのような疾患に関するデ-タは集積されておらず、登録もされていないため、この問題に関する調査はほぼ不可能である。

表14.小児疾患の患者数/10万人あたり
(ホメリ地域/ベラル-シ) 199)

疾患グル-プ/臓器 1985 1990 1993 1994 1995 1996 1997
初診者数 9,771.2 73,754.2 108,567.5 120,940.9 127,768.8 120,829.0 124,440.6
感染性疾患/寄生虫疾患 4,761.1 6,567.7 8,903.3 13,738.0 11,923.5 10,028.4 8,694.2
腫瘍性疾患 * 1.4 32.5 144.6 151.3 144.6 139.2 134.5
内分泌疾患、栄養・代謝・免疫系疾患 3.7 116.1 1,515.5 3,961.0 3,549.3 2,425.5 1,111.4
血液骨髄疾患 54.3 502.4 753.0 877.6 859.1 1,066.9 1,146.9
精神疾患 95.5 664.3 930.0 1,204.2 908.6 978.6 867.6
神経感覚器疾患 644.8 2,359.6 5,951.8 6,666.6 7,649.3 7,501.1 7,040.0
循環器疾患 32.3 158.0 375.1 379.8 358.2 422.7 425.1
呼吸器疾患 760.1 49,895.6 71,546.0 72,626.3 81,282.5 75,024.7 82,688.9
消化器疾患 26.0 3,107.6 5,503.8 5,840.9 5,879.2 5,935.9 5,547.9
泌尿生殖器疾患 24.5 555.2 994.8 1,016.0 961.2 1,163.7 1,198.8
皮膚疾患 159.0 4,529.1 5,488.3 6,748.2 7,012.6 6,455.0 7,100.4
筋骨格系疾患/ 結合組織疾患 13.4 266.0 727.7 937.7 847.4 989.9 1,035.9
先天性奇形 ** 50.8 121.9 265.3 307.9 210.1 256.2 339.6
事故と中毒 2,590.2 3,209.7 4,122.7 4,409.8 4,326.1 4,199.1 4,343.0

* 1985 年だけは悪性腫瘍のみ, ** 流産の場合の未報告例では奇形児を多めに見積った

この統計を図で見る(HP碧い蜻蛉さん、ありがとう)
                    
糖尿病
 デュッセルドルフのハインリヒ・ハイネ大学とミンスクのベラル-シ内分泌アドバイスセンタ-の内分泌科医たちは共同で、ベラル-シの小児および青年を対象に、糖尿病の発症についての調査を行なった。1980年から2002年まで、23年間の長きにわたり、汚染の程度がかなり異なる2つの地区で、糖尿病1型(インスリン依存性で、若年成人に主に発症するタイプ)の発症率(1年間に新たに発症した率)を検討した。汚染度の高いホメリ地域と比較的軽度に汚染されたミンスク地域のデ-タを事故前の1980年~1986年と事故後の1987年~2002年に分けて比較した。解析対象はホメリ地域の643人とミンスク地域の302人である。

 事故前の1980年~1986年では、ホメリとミンスクのあいだには発病率に差はなかった。一方、事故後の1987年~2002年では、両地域の発病率に有意な差異が認められた(p<0.001)。さらに、ミンスク地域では事故前と後では発病率に差が認められなかったのに対し、高汚染地区であるホメリ地域では事故前と比較して事故後に、糖尿病1型の小児および青年が年間約2倍の人数になった。ホメリ地域でもっとも発病率の高かった年は1998年であった200)。 放射線被ばく後の神経障害と精神障害                                    以前にチェルノブイリ地域に住んでいた多くの成人が精神病性障害に苦しんでいる。その原因として、放射線で神経細胞が損傷されるのではないかといわれている。1992年という早い段階からこの説を唱えていたのが、キエフにあるパラギュイン生化学研究所のナデイダ・グラヤである201)。 別の可能性として、電離作用をもつ放射線が特に血管に障害を及ぼした結果、大脳の血流障害が起き、脳への組織傷害が引き起こされるのではないかとも考えられている。この説は、モスクワにあるロシア科学アカデミ-の神経生理研究所のジャヴォロンカヴァにより提唱された。    さまざまな国の科学者たちが指摘していることだが、最大の問題となるのが、チェルノブイリ事故が人々のメンタルヘルスにいかに影響を与えたかということである(ここで問題にしているのはいわゆる“放射線恐怖症”のことではない-“放射線恐怖症”とはモスクワで作り出されたにせの病気で、放射能から国民の目をそらすため、何の証拠もないのにあらゆる健康問題の“真”の原因であるかのように宣伝してきた)。  WHOとIAEA、チェルノブイリ・フォ-ラムの健康に関する専門家チ-ムは、特別に注意を払うべき領域として次の4つを指定した;①ストレスに関係する症状、②小さい子どもの脳発達への影響、③高度に被ばくした汚染除去作業者の器質的脳障害、④自殺率。K.ロガノフスキ-がすでに指摘していることであるが、日本の原爆被爆者では6%もの人が統合失調症になっている。チェルノブイリの汚染除去作業者は、放射線の直接作用だけでなく、事故による他の原因で精神障害になるリスクも抱えていることは疑いようもない202)。  ロガノフスキ-は、汚染除去作業者ががん以外の疾患にかかる危険率を出そうと、多くの異なる研究を集め検討した。そして、統計学的に有意な結果が得られた。それによると、被ばくした1グレイ当りのリスクの増加(過剰相対リスクERR/Gy)(訳注:1グレイ被ばくした時、ある病気になる確率がどれくらい増えるか、ということである。0.4であれば100人が140人に増えるということになる)は、以下のようになる。  精神障害はERR/Gy=0.4(95%信頼区間=0.17—0.64)、神経学的感覚障害は0.35(95%信頼区間=0.19—0.52)、内分泌疾患は0.58(95%信頼区間=0.3—0.87)(ビリウコフら2001、ブズノフら2001、2003)、神経症性障害は0.82(95%信頼区間=0.32—1.32)である(ビリウコフら2001)。しかし、全体としてもっとも高リスクのものは、脳の血流障害(脳血管機能障害)で、1.17(95%信頼区間=0.45—1.88)である(イワノフら2000)。  さらに最近、150ミリグレイ(mGy)を超える外部放射線被ばくだけで脳血管機能障害のリスクが高まることがわかった。ERR/100 mGy/day=2.17(95%信頼区間=0.64—3.69)が示された(イワノフら2005)。 しかしながら、これらの結果は、適切にデザインされた精神医学の調査と標準化された診断手続きによってなされたものではなく、精神障害に関する州の健康システムからの情報を単に解析したものに基づいている。  しかし、旧ソ連を後継した国々で精神医学の教科書的知識を見てみると、身体疾患との誤解や精神障害のシステムにおける診断の誤り(例;精神病性や器質性とせずに神経症性とする場合)のため、精神障害が行きすぎた過小評価を受けていることがうかがえる。実際、ウクライナ保健省は、1990年、1995年、2000年での精神障害の発症率を、それぞれ2.27%、2.27%、2.43%と計算している。  しかしながら、標準化された手法を用いたWHOの世界精神保健調査(WMH)によると、ウクライナの発症率は20.5%(95%信頼区間=17.7—23.3)とされる。つまり、州の健康システムは、精神障害の発症率を少なくとも10分の1も過小評価していることになる。世界精神保健調査には、恐怖、うつ、心身症やアルコ-ル乱用などのいわゆる精神不安が含まれるが、精神病、器質的障害に基づいた精神障害や精神遅滞といった専門用語の使用は避けられている。

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